平成31年度青森県立高校入試理科大問[5]の疑義について


平成31年4月29日 英進塾 木村翔

 去る平成31年3月8日に行われた青森県立高校入試の理科大問[5]において,「出題ミスではないか」という報道と,青森県教育委員会(以下「県教委」)の二度にわたる解答修正が話題となりました。当該問題には浮力の値が2つ設定されるという試験問題として重大なミスがあります。また,県教委が発表した採点基準(解答)も,それに端を発して合理性に欠けます。本稿では,県教委発表の採点基準(解答)の解法例や入試問題としての問題点,これまでの経緯を紹介します。これらを公に参照可能なソースとして残すとともに,多くの方と議論ができれば幸いです。皆さまからのご意見・ご感想,内容に関するご指摘をお待ちしております。

1.当該問題の概要



 疑義があるのは大問[5]の(2)イの設問です。
 

 (2)イ 図3のとき,容器の底面が物体Bを上向きに押す力は何Nか,求めなさい。

〔出典〕青森県教育委員会  

問題 https://www.pref.aomori.lg.jp/soshiki/kyoiku/e-gakyo/files/H31rika-mondai.pdf  

採点基準 https://www.pref.aomori.lg.jp/soshiki/kyoiku/e-gakyo/files/H31rika-saiten2.pdf

2.当該問題における県教委発表の採点基準および解法例

 <詳細はこちら(PDFが開きます)
 (ⅰ) 3月8日発表の採点基準 〔解答 1.20 N〕
 物体Aを空気中でつるしたとき,ばねが6 cm伸びたことから,このばねは0.300 Nで1cm伸びることがわかります。実験2の図2では,ばねの伸びが7cmであることから,ひもが物体Bを引く力は2.10 Nと求められます。このときに物体Bにはたらく力のつり合いを考えると,物体Bにはたらく浮力は0.60 Nです。浮力の大きさは水深によらないので,図3でも浮力の大きさは0.60 Nです。また,図3ではばねの伸びが3cmであることから,ひもが物体Bを引く力は0.900 Nと求められます。物体Bにはたらく力のつり合いより,容器の底面が物体Bを上向きに押す力は1.20 Nと求められます。
 (ⅱ) 3月9日発表の採点基準(一度目の解答修正) 〔解答 1.20 Nまたは1.16 N〕
 追加された解答「1.16 N」は,実験2の図3で浮力0.64 Nを用いて求めることができます。なお,浮力0.64 Nは実験1の表から求められる値です。図3ではばねの伸びが3cmであることから,ひもが物体Bを引く力は0.900 Nと求められます。物体Bにはたらく重力2.70 N,浮力0.64 Nより,物体Bにはたらく力のつり合いを考えると,容器の底面が物体Bを上向きに押す力は1.16 Nと求められます。
 (ⅲ) 3月12日発表の採点基準(二度目の解答修正) 〔解答 1.15~1.23(の範囲内の数値)N〕
 (県教委の発表資料:https://www.pref.aomori.lg.jp/soshiki/kyoiku/e-gakyo/files/saiten-syuusei.pdf
 県教委にこの解答の根拠(計算過程)の開示をお願いしたところ,3月20日付で計算過程例をいただきました。それによると,実験2の図2と図3において,2つの浮力の値(0.60 Nと0.64 N)の組み合わせによって4種類の解答が考えられるとのことです。(図2,図3)=(0.60 N,0.60 N),(0.60 N,0.64 N),(0.64 N,0.60 N),(0.64 N,0.64 N)の組み合わせと端数処理(小数の切り上げ,切り捨て等)の仕方から,最小1.15,最大1.23が求められるそうです。私が計算したところ,最小1.16,最大1.23となりました。現在のところ,最小の値1.15を合理的な解法で求めることはできていません。

3.当該問題の設定・解答の問題点 <詳細は現在作成中につき,近日中にアップロードします>


 ① 異なる2つの浮力の値が設定されている
 実験1の表より,物体Bが完全に水中にあるときの浮力は0.64 Nです。一方,実験2の図2で静止している物体Bにはたらく力のつり合いを考えると,物体Bにはたらく浮力は0.60 Nです。同じ物体が同じ液体(水)に入っているにもかかわらず,浮力の値が異なっています。これは作問者が異なる2つの浮力の値を設定したと言えるでしょう。いずれの値を用いた場合も採点対象となることから,どちらの値を用いるかは解答者に委ねられています。「どちらの値を用いてもよいですよ」という入試問題は,これまで見たことがありません。
 ② 実験2の図2で得られる浮力0.60 Nはアルキメデスの原理と不整合
 問題文には,「100 gの物体にはたらく重力の大きさを1 Nとし,水の密度を1.0 g/cm3とする」とあります。これらと物体Bの体積64 cm3からアルキメデスの原理を用いると,浮力の大きさは0.64 Nになります。実験2の図2で得られる浮力0.60 Nは,この値と整合的ではありません。平成30年度の北海道公立高校入試においても,同様のミスが外部から指摘されたようです。このときは100 gの物体にはたらく重力の大きさや水の密度が示されていなかったため,強引ではあるものの(地球上ではない場所等で)問題として成立するという考え方もできます。しかし,青森県の当該問題ではどちらの量も示されており,アルキメデスの原理を無視できません。また,県教委は「受検生の計算に対する負担を軽減する意図から数値*を整数値としましたが,そのことで結果的に二つの浮力の値が生じた」(*ばねの長さの数値)と発表しています。「受検生の負担を軽減するためなら科学の法則は無視してもよい」とも受けとれる内容で,看過できません。
 ③ 実験2で浮力の値0.60 Nと0.64 Nを混用することは,水中で浮力の値が変化することを意味する
 一度目の解答修正で追加された解答「1.16 N」は,実験2の図3において浮力0.64 Nを用いたものです。しかし,実験2でフックの法則が常に成り立つとすれば,実験2の図2における浮力は0.60 Nです。図3のみで0.64 Nの浮力を用いるということは,図2の状態から図3の状態へ物体Bを沈めていく過程で(あるいはどちらかの状態で瞬間的に),物体Bにはたらく浮力の値が変化したことを意味します。これはアルキメデスの原理と整合的ではありません。青森市で採択されている学校図書の教科書『中学校科学1』に記載されている内容(浮力の大きさは「水の深さには関係がない。」)とも矛盾します。
 ④ 実験2の図2で浮力0.64 Nを用いると,フックの法則と不整合
 二度目の解答修正で示された解答「1.15~1.23(の範囲内の数値)N」の導出過程では,実験2の図2で浮力0.64 Nを用いるものが含まれます。むしろ,一度目の解答修正で示された解答「1.20 Nまたは1.16 N」以外の解答は,すべて実験2の図2で浮力0.64 Nを用いるものと推測されます。このとき,実験2の図2で静止している物体Bにはたらく力のつり合いを考えると,重力2.70 N,浮力0.64 Nより,ひもが物体Bを引く力の大きさは2.06 Nです。しかし,実験2で物体Aをつるしたときに得られるばね定数0.300 N/cm(このばねは0.300 Nで1 cm伸びること)と図2におけるばねの伸び7 cmを用いると,図2のばねの弾性力の大きさ(ひもが物体Bを引く力の大きさ)は2.10 Nと求められます。このように,実験2の図2で浮力0.64 Nを用いることは,問題文で設定されているフックの法則と整合的ではありません。
 以上のように当該問題は,県教委の示す全ての解答がその導出過程に矛盾を含み,合理性に欠けます。正しい論理で解こうとすればするほど解答が困難になり,試験問題として成立しません。また,異なる2つの浮力の値が設定されていることについて,県教委は十分な説明がないまま,二度の解答修正で事態を収束させています。これほどの矛盾点がありながら,それでも解答が得られるという姿勢に疑問を感じます。
 これらの問題点とは別に,実験の設定自体にも疑義があります。以下の⑤です。
 ⑤ 実験2の図3で物体Bが容器の底面に密着している場合,物体の下面からの水圧が生じない
 実験2の図3では,「物体Bと容器の底面の間に水は存在するのか」という疑問が生じます。もし「物体Bの下面には水はなく,密着している」のであれば,物体Bの下面には水圧がはたらかないこととなり,浮力が生じません。「浮力喪失」とされるこの問題は過去にも論争を起こしている*ことから,十分に議論されるべきです。実験を行うと,物体と容器の間が密着することはなく,わずかに水が存在して浮力が生じます。したがって,「物体Bと容器の底面の間にはわずかに水が存在し,図2と同じ大きさの浮力が生じる」という内容の記載が問題文にあればよかったのではないでしょうか。
 *松川利行『<浮力>は本当に無くなるの?-板倉聖宣氏の功罪』   http://www.page.sannet.ne.jp/matukawa/rika.html

4.当該問題における県教委の対応および報道の経緯

     
  • 3月8日 県立高校入試  
  • 3月9日 県教委が一度目の解答修正  
  • 3月12日 東奥日報朝刊へ当該問題に関する疑義が掲載  
  • 3月12日 県教委が二度目の解答修正を発表

(発表資料:https://www.pref.aomori.lg.jp/soshiki/kyoiku/e-gakyo/files/saiten-syuusei.pdf

5.当塾(理科担当講師:木村)の対応


 県教委へメールで4回,質問をしました。複数回にわたって前述の①~④の問題点を提起しましたが,その都度得られた回答は3月12日発表の資料と同様のもので,私の質問に個別に回答するものではありませんでした。その後に改めて電話で前述の①~④の問題点を口頭で伝えましたが,それに関する回答はありません。これまでの回答と同内容であれば,県教委からは連絡しないとのことだったので,この件に関しての個別の回答は無いようです。

6.おわりに


 入試問題は今年度の中学3年生をはじめ,今後十年以上に渡って多くの受験生に活用されます。学問的に不正確な入試問題をもとに,未来の受験生が不利益を被ることは避けなければなりません。県教委には学問的良心を持った上で,誰もが納得のいく十分な説明をされることを期待しています。

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